3次元ナノESCA
3次元ナノESCA※1とは
3次元ナノESCAは、ナノメートルスケールの空間分解能で、物質の3次元全方向における電子・化学状態分布を調べるための実験ステーションです。東京大学アウトステーションビームラインからの超高輝度放射光を、フレネルゾーンプレート(FZP)※2を用いて集光することにより軟X線ナノビームを生成し、この照射位置をスキャンすることで、2次元面内方向に空間分解した光電子スペクトルを測定します。それと同時に、光電子スペクトルの放出角度依存性を一括測定し、これを最大エントロピー法(MEM法)※3で解析することにより深さ方向の情報をも得ることが出来ます。これにより、物質の3次元全方向における電子・化学状態分布解析を実現することが出来ます。
装置説明
3次元ナノESCA装置は、放射光軟X線をナノビーム集光するための集光光学系、試料を2次元面内方向にスキャンするための精密ステージ、光電子スペクトルの放出角度依存性を一括測定するための広角度取込角度分解光電子分析器などから構成されています。軟X線集光光学系としては、NTT-AT社製のFZP(最外ゾーン幅 35 nm, 直径 200 μm)を用いており、理論上軟X線を50 nmまで集光することが可能です。試料ステージは超高真空内に2軸ピエゾステージを備え、100 μm四方の領域を2 nmの精度で走査することが可能です。角度分解光電子分析器は、VG Scienta社製のR3000静電半球型分析器に、超広角度取込レンズを組み合わせることにより、60度の範囲を1度未満の角度分解能で光電子放出角度依存性を一括測定することが可能です。これらの技術の融合により、100 nm以下の空間分解能で物質の3次元全方向における電子・化学状態分布を解析することを可能とします。
装置性能
空間分解能
3次元ナノESCA装置の空間分解能評価を、high-k MOSFETのゲートパターン構造を用いて行いました。用いた試料は、HfO2ゲート絶縁膜上にパターニングされた1 μm幅のポリシリコン電極です。Hf 4f内殻光電子スペクトルの強度マッピングを測定すると、HfO2ゲート絶縁膜が露出している部分は強度が強く、ポリシリコン電極部分は強度が弱くなっていることがわかります。この電極の境界部分のだれを測定することにより、空間分解能として70 nmを達成していることが明らかになりました。これは2011年現在で走査型光電子顕微鏡としては世界最高レベルの数値です。
深さ分解測定
深さ方向分析の評価を、Si基板上に堆積したHfO2ゲート絶縁膜の測定により行いました。Hf 4f及びSi 2p内殻光電子スペクトルの角度依存性を、60度の取込角度で一括取得し、Si 2p内殻についてはバルク成分と酸化物成分に成分分離し、その強度比をプロットしたものが右図(a)になります。この実験結果を元に、右図(b)を初期モデルとして、MEM法によるフィッティングを行うことにより、最適解として右図(c)の深さプロファイルを得ることができました。MEM解析結果においては、初期モデルでは考慮されていなかったHfO2とSiO2の上下層分離が見られます。この構造及び各層の膜厚が断面透過型電子顕微鏡(TEM)観察による結果と一致していることから、MEM解析により光電子放出角度依存性から深さプロファイルが正しく求められていることがわかります。
実験結果
ポリシリコン電極/HfO2ゲート絶縁膜パターン構造の面内分布測定
HfO2ゲート絶縁膜上のポリシリコン電極パターン構造について、より詳細な化学結合状態解析を行いました。この実験に用いた試料はゲート幅200 nmのパターンです。右図(a)のHf 4f光電子強度マッピングにおいて、本来均一であるはずのHfO2ゲート絶縁膜の露出部分においても明瞭なコントラストの相違があることが観測されました。そこでこのコントラストの起源を明らかにするために、明るい部分*aと暗い部分*bの各点で高分解能光電子スペクトルを測定しました。スペクトルをフィッティングにより成分分離した結果、コントラストの暗い*bの部分においては、右図(b)のHf 4f光電子スペクトルで、HfO2膜成分の他にHf-Si-O成分やHi-Si成分が増大していることが明らかになりました。また右図(c)のO 1s光電子スペクトルでも同様にフィッティングを行い、下地のSiO2成分と上部膜のHfO2成分を分離した結果、*b部分ではHfO2膜が減少していることがわかりました。この理由についてパターン形状やデバイス作製プロセスから考察してみると、下地のSi基板と埋め込みSiO2層の相違、またそこからの距離により、ポリシリコン電極パターン作製時に行うドライエッチングの際、イオン照射による電荷蓄積が起こり、エッチングレートのずれが生じたためであると考えられます。このように、本装置においてナノメートルオーダーの元素マッピング、元素のみならず詳細な化学結合状態の解析が可能であることが示されました。更にこのような化学結合状態変化の空間分布を得ることにより、デバイス作製プロセスへのフィードバックが可能となるような新たな知見が得られました。
参考文献リスト
- 堀場弘司,尾嶋正治
"三次元走査型光電子顕微鏡(3D nano-ESCA)"
表面科学.Vol.34 ,No.11 ,p.568-573 (2013). - K. Horiba, K. Fujikawa, N. Nagamura, S. Toyoda, H. Kumigashira, M. Oshima, and H. Takagi
"Observation of rebirth of metallic paths during resistance switching of metal nanowire"
Appl. Phys. Lett. 103, 193114 (2013) - N. Nagamura et al., "Direct observation of charge transfer region at interfaces in graphene devices" Appl. Phys. Lett. 102,241604(2013).
- K. Horiba et al., "Scanning photoelectron microscope for nanoscale three-dimensional spatial-resolved electron spectroscopy for chemical analysis" Rev. Sci. Instrum. 82, 113701 (2011).
- S. Toyoda et al., "Nano-Scale Characterization of Poly-Si Gate on High-k Gate Stack Structure by Scanning Photoelectron Microscopy" e-J. Surf. Sci. Nanotech. 9, 224 (2011).
- M. Oshima et al., "Synchrotron Radiation Nano-Spectroscopy of Dielectrics for LSI and ReRAM" ECS Trans., 41, 453 (2011).
- M. Oshima et al., "Synchrotron Radiation Photoelectron Spectroscopy of Metal Gate / HfSiO(N) /SiO(N) / Si Stack Structures" ECS Trans., 33, 231 (2010).
用語説明
- ※1:ESCA
- Electron Spectroscopy for Chemical Analysisの略。XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy: X線光電子分光法)とも呼ばれる。固体表面にX線を照射し、放出された電子のエネルギーを測定することにより、固体中の元素分析のみならずその化学結合状態までも分析することが出来る。この手法を開発したK. Siegbahnはその業績により1981年ノーベル物理学書を受賞した。
- ※2:フレネルゾーンプレート(FZP)
- Fresnel Zone Plate。回折現象を用いて光を集光する、レンズの役割を果たすもの。規則的に間隔の変化する同心円のスリットを形成することにより、各スリットからの光が同位相で1点に集まるようにする。X線においては、可視光におけるガラスのようにX線を透過する物質がなく、また物質中でほとんど屈折しないことから、通常のレンズを用いることが出来ないため、このような集光素子を用いる。
- ※3:最大エントロピー法(MEM法)
- Maximum Entropy Method。限られたデータから何らかの分布を推定する際に、データが不十分で統計誤差が大きくなってしまうような場合に、もっともらしいモデルを取り入れ、その制約の中でエントロピーが最大となるように分布を決定する。画像の復元や結晶構造解析など分野で利用されている。
問い合わせ先
東京大学物性研究所 極限コヒーレント光科学研究センター 軌道放射物性研究施設
原田慈久
e-mail: harada<at>issp.u-tokyo.ac.jp