超高分解能軟X線発光分光ステーション
実験ステーションの概要
本実験ステーションは金属、半導体、絶縁体等の固体試料、触媒粉末、溶液試 料、各種ガスなど、あらゆる試料の測定が可能な軟X線発光分光システムを備えています。低エミッタンスで高輝度な光源の特性を活かした KB ミラーシステムによる1 μm オーダーの集光を利用して、400 eV~750 eV でE/ΔE = 8000 の世界最高エネルギー分解能を達成しており、元素選択的電子状態測定という従来の使い方のみならず、100 meVオーダーの dd 励起、フォノン励起、マグノン励起、オービトン励起のような素励起の観測や、弱い相互作用によりわずかに化学シフトする溶液中の錯体分子のような、複雑な 系の解析にも用いられています。また、超高分解能発光分光を用いた一般課題を多数受け入れており、いずれも超高分解能を活かしたアウトステーションならではの成果が得られています。
図1は KB ミラー集光を用いた試料位置における集光像です。究極集光のために縮小比 1/150の後置ミラー系を試料漕の中に組み込んでおり、軟X線発光の分解能に寄与する縦方向のスポットサイズのみが1 μm オーダーに絞られていることがわかります。E/ΔE = 10000 はスポットサイズ 2μmで達成するため、実際は究極集光していない条件でも分解能が出るように設計してあります。このことが試料位置調整に対するユーザーの負担を軽減し、入射 角依存の実験では特にその利点が活かされています。
図2にhBNのN 1s およびMnOのMn 2p吸収端励起で取得した軟X線発光スペクトルを示します。発光分光器の分解能はそれぞれの吸収端で約40 meVおよび80meVです。全エネルギー領域で、設計値の80%~100%のエネルギー分解能を達成しています。また、溶液専用のマニピュレータも備えており、水や大気圧ガス環境下の燃料電池触媒の反応実験も行うことが可能です。溶液実験のためのセットアップの詳細については担当者にお問い合わせ下さい。
研究例
水の高分解能価電子発光と多重振動スペクトル
図3(a)は室温の水のO 1s吸収端ピークで励起して取得した弾性散乱近傍の多重OH伸縮振動構造です。第一振動励起状態のエネルギーは0.445 eVで、これは水の典型的な伸縮振動のエネルギー(0.422 eV)よりも水蒸気の伸縮振動のエネルギー(0.453eV)に極めて近く、吸収端は明らかに水素結合の切れた成分を抽出していることがわかります。最近この吸収端励起の帰属に疑問を呈する論文が相次いで出されていますが、これらの解釈を明確に否定する結果となっています。図3(b)は各ピーク位置から見積もった第N次の振動エネルギーです。水の非対称ポテンシャルを反映して、数が増えるに従って振動エネルギーが小さくなってゆく様子が捉えられています。また、第4次以降の振動エネルギーは単調減少しておらず、複数の振動状態が関与している可能性を示唆しています。
参考文献リスト
- Y. Harada, M. Kobayashi, H. Niwa, Y. Senba, H. Ohashi, T. Tokushima, Y. Horikawa, S. Shin, M. Oshima,
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問い合わせ先
東京大学物性研究所 極限コヒーレント光科学研究センター 軌道放射物性研究施設
- 原田慈久
e-mail: harada<at>issp.u-tokyo.ac.jp - 宮脇 淳
e-mail: miyawaki<at>issp.u-tokyo.ac.jp